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レポート:第52回ヴェネチアビエンナーレ

Think with the Senses. Feel with the Mind. Art in the present tense.
感覚で考えよう。思考で感じよう。現在形のアート。

開催期間:2007年6月10日〜11月21日

場所:ヴェネチア(イタリア)

 また今年もヴェネチアビエンナーレの季節がやってきた。実は今年は特別。というのは7のつく年には、5年に一度、12回目のドクメンタと10年に一度、4回目のスカルプチャープロジェクトミュンスターが同時開催されることもあって、この時期、ヨーロッパはイタリアのヴェネチアからドイツのカッセル、そしてミュンスターへ向かう「グラン・ツアー(大旅行)」が組まれ、宿泊やレストランの相談が出来るHPまで用意し、大々的な宣伝が行われているのである。また2年前から開催母体がヴェネチア市からビエンナーレ財団に移ったことで、利益追求型のイベントに変化していることもある。その典型が「ビエンナーレカード」。シルバー、ゴールド、プラチナという3タイプの中で一番豪華なプラチナカード(約5万円)を手に入れれば、今までは関係者しか入ることが出来なかったオープニングであるベルニッサージュに参加出来るのである。朗報といえば朗報である。

イギリス館のトレシー・エミンの作品
イギリス館のトレシー・エミンの作品

 毎回、話題になる総合ディレクターは112年の歴史の中で初登場となるアメリカ人のロバート・ストー氏。元NY・MoMAのキュレーターで現在はニューヨーク大学の教授だ。 テーマは「Think with the Senses-Feel with the Mind art in the present tense」(感覚で考え、心で感じる)。アメリカ人アーティストが多数参加してくるんじゃないか、と思っていたのだが、意外なことに、彼は五大陸にこだわって、まんべんなく選んだようだ。特に力を入れたのが、アフリカ館ということで紹介した企画展「チェックリスト・ルワンダポップ」展。知らないアーティストがたくさん紹介されていることは楽しめたものの、作品そのものに目新しさを感じるわけではないことが、残念な気がした。 また例年、べルニッサージュが始まっても、まだ展示作業をしていたり、作品のキャプションがまだだったり、照明を調節しているような、未完成状態が多かったのだが、今回は展示フロアプランとキャプションがすべてちゃんと整い、照明もバッチリ、良い意味でも悪い意味でも完璧な展示がなされていた。大規模国際展の魅力は完璧な展示にあるのではなく、世界中から集まったアーティスト達の場所取り合戦も含めた、カオス的な祭りの楽しさといったことにもあるので、多くのジャーナリストが「まるでMoMAがそのままヴェネチアに来たみたい」と批判するのも無理はない。私たちは美術館では見られないものを見たいためにヴェネチアに足を運ぶのである。

エル・アナツイによるワインなどのキャップシールで作られた巨大なカーテンのよう
エル・アナツイによるワインなどのキャップシールで作られた巨大なカーテンのよう な作品

  ではパビリオンから見てみよう。ストー氏が絵画部門に定評のあるキュレーターであったことが影響しているのかどうかわからないが、今年の各国パビリオンは圧倒的に立体かインスタレーションが多かった。その意味で絵画作品をど〜んと出して直球勝負を挑んだのがオーストリア館だ。ヘルベルト・ブランドルの美しいグリーンとブルーの大きな絵画作品は澄んだ色彩で文句なく美しい。ただこれはジャルディーニの公園の運河の一番奥まった場所にあるので、美しく感じてしまうのが砂漠のオアシス効果でなければいいのだが、、。フランス館、イギリス館、ドイツ館は、それぞれ、ソフィ・カル、トレシー・エミン、イザ・ゲンツゲンが出揃った。中でも際立ったのは、トレシー・エミンである。今までは自分の寝た相手の名前(男性だけではなく女性も!)を刺繍したテントの作品などで、さすがのイギリスアート界からもスキャンダラスに扱われた彼女だが、今回は「Borrowed Light」(間接光)というタイトルで、手書き文字のネオンサインの作品や刺繍の作品や繊細で官能的なドローイングを展示している。ポスト・ダミアン・ハーストとしての地位は確立されたのではないか、と思う。日本館はコミッショナーが港千尋、アーティストは北海道在住の岡部昌生で、日本館の壁全体を1400点の岡部のライフワークともいうべきフロッタージュ作品で埋め尽くした展示、その中央には16メートルの広島県倉橋島産の被爆石が直線的に置かれ、会場でもフロッタージュを行っていた。「私たちの過去に、未来はあるか。」というテーマである。この会場だけ別の空気が漂っていた。例年開催していた日本館主催のホテルを会場にしたレセプションを中止し、予算を全部展示につぎ込んだ。この意気込みには拍手を送りたい。ただし、ヴェネチアビエンナーレは社交と交渉の場所であることは忘れてはならない。本来は、日本政府の予算できちんとパーティーを主催し、アーティストである岡部昌生を世界各国で展覧会が出来るように交渉するのがこの場所を活用する方法であり、国益なのである。

飛行機&磔刑のキリスト
飛行機&磔刑のキリスト
レオン・フェラーリの磔刑になったキリスト。うしろはUSエアフォース。今回、 9.11を想起させる作品がけっこうあった

  一方、企画展は今回のディレクターのストー氏が五大陸からまんべんなく選出していることもあって、久しぶりに前回よりも多い5名の日本人アーティストが参加している。ジャルディーニには束芋と加藤泉、アルセナーレには米田知子、森弘治、藤本由紀夫がそれぞれに印象深い展示を行っている。中でも独特の世界観を持った絵画作品の加藤泉と紛争や政治的に分断されている境界線の風景を捉えた写真作品の米田知子は注目度が高かった。また一番、目だっていたのは、アルセナーレの一番奥の大きな空間に巨大なタペストリーを展示していたエル・アナツイの作品。素材はワインやウィスキーのアルミニウムシール。欧米のコンテキストから外れているガーナのアーティストの力強さは、そのまま生命力の強さのように感じられた。またジャルディーニの展示のほぼ中央エリアには、エルスワース・ケリー、ロバート・ライマン、ゲルハルト・リヒター、シグマー・ポルケ、ソル・ルウィットなど20世紀絵画の巨匠に混じって、61年ルーマニア生まれのダン・ペルジョビッチ、66年ナイジェリア生まれのオディリ・ドナルド・オディタなどの若手の絵画作品が展示され、まるで絵画の伝統のバトンが渡されているかのように見えた。 今回の特徴を3つ挙げると、―性アーティストの活躍、△匹ろモチーフがたくさん、エコロジーである。女性の活躍は各国パビリオンで顕著だった。どくろのモチーフは韓国館のリー・ヒュンコの骨の作品から、どくろそのものをサッカーボールにしてリフティングするパオロ・カネバリの映像作品、刺繍とそこにクリスタルを装飾したゴージャスな絵画作品のアンジェロ・イロメノなど数え挙げたらきりがないほど。またギリシア館のアレス・アレクショーはモザイクのように切り抜かれた紙が幾重にも重なる部分に映像を投影した美しい作品ですべて可燃の紙で作らている。今回関連企画としてプラダ財団主催でサンジョルジョ・マッジョーレ教会で展示されていたトーマス・デマンドもすべて紙でオフィスを表現するなど、アーティスト自身にはエコロジーの考えはないかもしれないが、ゴミをごみとしない思想が感じられてくるものあった。さらに付け加えれば、アルセナーレの会場に入ってすぐの場所に、チャールズ・ゲインズの9.11テロ事件に想起させる高層ビルの上空から飛行機が墜落してしまう作品やアメリカのエアフォースにキリストが磔刑になっているレオン・フェラーリの作品などが登場してきたことは、ようやくあの事件をアート表現に出来るところまで克服されたことの感慨があった。

どくろの絵の作品
どくろの絵の作品
オニキスやスワロフスキーを使って刺繍されたドクロの絵、アンジェロ・フェロメ ノの作品

  夏休みを利用してヴェネチアビエンナーレにこれから行く方へのオススメ情報として推薦したいのは、ヴェネチアビエンナーレの関連企画として、スターアーティストの展覧会がヴェネチア市内で開催されている点である。ただしこれらの展覧会はあくまで関連企画であり、逆にこちらの方がヴェネチアビエンナーレ本体よりも面白いということになってしまうことになれば、先々問題になることだろう。すでにどの企画も大きな予算を使い、国、美術館や財団、コレクターや画商が戦略的にヴェネチアビエンナーレに合わせて、こうした企画展を実施しているのだから、日本としてもウカウカしてはいられない。一応、列挙すると、ダミアン・ハースト(パラッツオ・ペサーロ・パパファバ)、ビル・ヴィオラ(サン・ガロ・チャーチ)、マシュー・バーニーとヨーゼフ・ボイス(ペギー・グッゲンハイムコレクション)、ヤン・ファーブル(パラッツイオ・ベンゾン)李禹煥(パラッツオ・パルンボ・フォサッティ)、森村泰昌(ファンダツイオーネ・ベヴィラクアーラ・マサ)など見逃してしまうのは惜しいので時間的余裕を持ってお出掛けください。 毎回、ヴェネチア取材から帰国すると、日本館の予算不足が気になって仕方がない。黒字企業や豊かな個人資産の金額が新聞に踊ることが珍しくなくなってきた日本経済を思うと、アメリカ並みの芸術支援に対しての税制優遇措置を一刻も早く実現していただきたいと強く思う。

Macpower 2007年8月号掲載